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ナイフは危なくない

著者 Aoki

2000年10月11日(水)産経新聞静岡版”学びと教えの現場から”掲載

ナイフは危なくない

 「あぶなぁい。」「こわぁい。」小学校一年生の子達が声を上げた。私が鉛筆をナイフで削っているのを見つけたのだ。
 私はその声に答えた「ナイフはね,使い方を間違えなければ少しも怖いことはないんだよ。」
「ふうん。でも,なんで鉛筆削りを使わないの?」と質問が返ってくる。「ナイフの方が速いし,思い通りに削れるんだ。わざわざ鉛筆削りを使うこともないさ。」話ながら,次々と鉛筆を削っていった。
 「やってみるかい?」とたずねてみると……えぇっとびっくりした顔を見せる。自分がナイフを使うなんて考えてもみなかったようだ。
 どういうわけか,こういう時には,女子の方が積極的になる。男子が後込みする中,Kさんが前に出てきた。
 Kさんの右手にナイフを,左手に鉛筆を握らせ,後ろから手を支えた。
 ナイフを突き出すのではなく,鉛筆を引き寄せることがコツだと説明し,いっしょにやってみる。
 初めは恐る恐るやっていたKさんだが,次第になめらかにナイフを動かすようになっていった。
「先生,ひとりでやってみる!」と笑顔を見せる。Kさんの真剣な目が輝く。
 削り上がった鉛筆は,でこぼこしていていたが,Kさんは大満足だった。
 Kさんが削り終えると,他の子たちが「私にも教えて!」と声をかけてくる。ナイフを見て「怖い」といっていたのがうそのようだ。
 臨時の鉛筆削り講座は,休み時間いっぱい続いた。

 一週間後の朝,Iさんが,筆入れをもってやってきた。顔がにこにこしている。「先生,いいもの見せてやろうかぁ?」
 彼女が筆入れから取り出したのは,五本の鉛筆。その全てが,ナイフで削られていた。
 「昨日ね。お兄ちゃんに教えてもらいながら,削ったんだ。」Iさんは,自慢げに一本一本の鉛筆を机の上に並べて見せた。
 削り方に荒さは見られたが,文字を書くのには全く支障がない。
 その様子に気づき,他の子たちが集まってきた。Iさんの説明を聞くと「すっごぉい! 自分で削ったんだぁ」子供たちは驚きの声を上げた。どこにでもあるような鉛筆が,宝物に変わったのだ。
 その後,クラスの中では鉛筆をナイフで削ってくることが流行った。一年生でも,慣れてくると上手になる。鉛筆削りに負けないほどなめらかに削ってくる子も現れた。
 しかし,ナイフによって怪我する子はいなかったし,ましてや人を傷つけようとする子も出なかった。
 削られた鉛筆と同様,ナイフは子供たちの宝物になった。

 数年前,高校生が教師を刺すという悲しい事件が起きた。そのことで,「ナイフを持って来てはいけない」と指導する学校が増えた。
 当時,私は六年生を担任していた。正しい使い方をすれば,ナイフは便利なものであり,危険なものではない。このことを子供たちに知ってもらいたいと思った。そして,安くて使いやすいクラフト・ナイフを,全員分購入しようと考えた。
 ただ気になることが,一点あった。激情しやすいT君という子がいたのだ。彼は,まじめで正義感が強い。それゆえ,不正がゆるせずかっとなってしまうようなところがあった。
 私は彼ひとりを呼び,相談することにした。「先生な,みんなにナイフの使い方を知ってもらいたいから買おうと思うんだ。たださ,君,かっとしやすいだろう? そこが心配なんだけどなぁ。」
 彼は,「大丈夫! 先生,ぼくのこと信じてよ。」と真剣な目で答えた。
 翌日,私は全員にナイフを配り,使い方を指導した。
 T君は,手元のナイフを見てこちらに笑顔を見せた。
 その日から卒業するまで,彼がかっとするようなこと一度もはなかった。

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